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大阪地方裁判所 昭和24年(行)123号の1 判決

原告 久保田美英 外二名

被告 国・八尾市農業委員会

主文

一、原告久保田と被告委員会との間で、別紙第一物件表(二)記載の土地について大阪府中河内郡高安村農地委員会が定めた買収の時期を昭和二四年七月二日とする買収計画を取り消す。

二、被告国と、原告久保田との間で、別紙第一物件表(一)記載の土地について、原告富井との間で、同第二物件表記載の土地について、原告細川との間で、同第三物件表記載の土地について、大阪府知事が昭和二四年七月二日を買収の時期としてなした買収処分は無効であることを確認する。

三、別紙第一物件表(三)記載の土地について、被告委員会との間で買収計画の取消しを求める原告久保田の請求を棄却する。

四、別紙第一物表(二)および(三)記載の土地について、被告委員会との間で買収計画および異議却下決定の無効確認を、被告国との間で訴願の裁決および買収処分の無効確認を求める原告久保田の請求を棄却する。

五、原告らのその余の訴えを却下する。

六、訴訟費用のうち、原告久保田と被告らとの間に生じた費用はこれを二分してその一を被告らの連帯負担、その余を同原告の負担とし、その余の原告らと被告らとの間に生じた費用は被告らの連帯負担とする。

事実

第一、申立

(原告ら)

一、被告らと別紙第一物件表記載の土地については原告久保田、同第二物件表記載の土地については原告富井、同第三物件表記載の土地については原告細川との間で、

(一) 大阪府中河内郡高安村農地委員会が右土地について定めた買収計画およびこれにもとづく政府の買収を取り消す。

(二) 右政府の買収ならびに買収計画およびこれに関する公告、異議却下決定、裁決、承認、買収令書の発行はいずれも無効であることを確認する。

二、訴訟費用は各被告の負担とする。

(被告ら)

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、請求の原因

一、別紙第一物件表記載の土地(以下「別紙第一物件表記載の」を省略し、一の土地、一の(一)の土地、一の(三)の1の土地と、また、別紙第一ないし第三物件表の土地を本件土地というように適宜略称する)は、原告久保田の、二の土地は原告富井の、三の土地は原告細川の各所有であつた。被告委員会の前身である大阪府中河内郡高安村農地委員会(以下村農地委という)は、右各土地を自作農創設特別措置法(以下自創法という)一五条一項一号の農業用施設であるとして、第一二回買収計画を定め、これを公告した。原告らはこれに対して異議の申立をしたが、却下されたのでさらに訴願をした。しかし棄却の裁決があり、昭和二四年八月一九日その裁決書が送達された。大阪府農地委員会(以下府農地委という)は右買収計画を承認し、大阪府知事(以下府知事という)は、右買収計画にもとづき買収令書を発行して原告らに交付した。

しかし右買収には次のような違法がある。

二、手続上の違法

(一)  買収計画

(1) 本件買収計画は村農地委作成名義の買収計画書という文書で表示されている。しかし村農地委の議事録によつても、右文書の内容と一致する決議があつたことを明認しがたい、また村農地委が決議した買収計画事項の全部が完全には右文書に表明されていない。すなわち右文書は村農地委の決議を表明する法定の買収計画書とはいえない。

(2) 買収計画は、村農地委という合議体の行政行為的意思を表示する文書であるから、文書自体に委員会の特定具体的決議にもとづいた旨の記載と、その決議に関与した各委員の署名あることを有効要件とする。ところが、本件の買収計画書は右の要件を欠いている。

(二)  公告

(1) 村農地委はその決議をもつて公告という処分をしなければならない。この公告は買収計画という村農地委の単独行為を相手方に告知する意思伝達行為であり、買収計画は公告により対外的効力を生ずるものである。ところで本件買収計画の公告は村農地委の決議にもとづいていない。

(2) 村農地委の公告ではなく委員会長の名義でなされたその専断によるものである。

(3) 単に縦覧期間とその場所とを表示するにとどまり自創法六条所定の公告とはいえない。

(三)  異議却下決定

(1) これは買収計画に対する不服申立についての村農地委の審判であるから、文書で表明され異議申立人に告知されることによつて効力を生ずる。ところが、原告らに送達された異議却下決定と一致する決議を村農地委がした証跡なく、村農地委の議事録にも之を証明するにたる記載がない。

(2) 決定書は村農地委の審判書といえる外形を備えておらず、委員会長の単独行為または単独決定の通知書にしかすぎない。

(四)  裁決

(1) 府農地委が原告らの訴願について裁決の決議をした事実はあるが、この決議は裁決の主文についてのみ行われたにすぎず、主文を維持する理由についての審議を欠く。故に裁決書の内容に一致する府農地委の決議はなかつたというべく、裁決書は府農地委の意思を表示する文書ではない。

(2) 裁決書は府農地委の会長である府知事の名義で作成されているが、会長が訴願の審査と裁決に関与しなかつたのは公知の事実である。故に裁決書は府農地委の裁決に関する意思を表示する文書とはいえない。

(3) 裁決書を会長名義で作成することは許されない。

(五)  承認

(1) 買収計画の承認は承認の申請にもとづき、買収計画に関し検認許容を行なう行政行為的意思表示である。買収計画はその公告によつて対外的効力を生じ、さらにこれに対する適法な承認によつてその効力が完成し、ここに確定力を生じ政府の内外に対し執行力を生ずる。ところで、本件買収計画に対しては適法な承認がない。府農地委は今次の各買収計画に対して法定の承認決議をした外形はあるが、あるいは村農地委の適法な承認申請にもとづかないものがあり、あるいは承認の決議が裁決の効力発生前になされたものがあつて、概ね承認の決議自体無効である。このことは本件買収計画に対する承認についても同様である。

(2) 本件買収計画に対して承認の決議はあつたが、決議に一致する承認書が作成されていない。また村農地委に送達告知されていない。すなわち適法な承認の現出、告知を欠いており、承認という行政処分は存在しない。

(3) 仮に右の決議をもつて承認と解しても、このような決議は法定の承認としての効力がない。

(六)  買収令書の交付

(1) 買収令書は買収計画所定の買収要件と一致していないから無効である。

(2) 買収令書は適法な承認行為がないのにまたは適法な承認行為の効力を生じる前に発行されたのであるから無効である。

(3) 買収令書は買収期日前に交付されたから無効である。

(4) 買収令書に違算、誤記があり、その結果買収計画とその内容を異にするから無効である。

(七)  政府買収

自創法による農地の政府による買収は一種の公用徴収である。この政府買収には広狭二義あり、狭義においては買収を目的とする行政処分のみを意味し、広義においてはこの処分とその執行を包含する。狭義における政府の買収に関しては、特定の行政庁において独立の文書でこれを表示することなく、広義における政府の買収に関しては、都道府県知事が買収令書なる文書を発行してこれを被買収者に交付しまたは公告し、これによつて狭義の買収処分すなわち行政処分を執行し、広義の買収すなわち公用徴収を客観的に具現完遂する次第である。そして狭義の買収は政府自ら行わず、その買収権限を各農地委員会に委譲し、各委員会はその決議をもつて買収計画を確立しこれを公告し、異議訴願なる中間手続を経た後認可または承認により各買収計画の確定をみる。すなわち、狭義の政府買収は政府自らの行政処分に属せず、政府から買収権限の委譲を受けた各委員会の行政処分に外ならない。そしてこの処分は買収計画に対する認可または承認が適法に行われその効力を生じたことによつて成立する。しかし法律はこの場合、政府の買収したことを外部に公表する独立の文書を要求しない。すなわち政府の買収に関しては、政府自らもまた各委員会も独立した政府買収書なる文書を作成することを要しない。故に政府の買収なるものは、買収計画に対する認可書または承認書が各委員会に送達されたという法律事実の現出によつてその成立を確認すべきである。したがつて、政府の買収の有効無効は究極するところ買収計画および買収手続の有効無効の判定である。買収計画ないし買収手続上の各行政処分のいずれかにかしがあり無効であれば、買収そのものも無効である。政府の買収なる行政処分は知事の買収令書の発行なる行政処分により執行せられる。この買収令書が適法に交付または公告され、執行の効力が完全に生じた時に政府の買収なる行政処分は完全に目的の達成をみる。すなわち広義の政府の買収は、買収令書の適法なる発行をその被買収者に対する適法なる告知により客観的に具現し終局を告げる。この買収令書は具体的に言えば認可または承認によりその確定力を生じた買収計画の執行処分に外ならない。

右のとおり買収令書の発行は政府の買収という行政処分の執行であり、買収計画について適法有効な認可または承認のあつたことを要件とする。そして買収令書の発行の無効が買収期日後に裁判上確定されたときは、右期日に政府買収は執行されなかつたことにより再度の執行を許すかの如くであるが、政府買収による政府の土地取得権限は除斥期間の制約があり右期日の経過とともに消滅すると解されるから、結局、買収期日後買収令書の発行の無効が確定されるときは、政府買収を無効ならしめる。

三、実体上の違法

(一)  買収計画書には、買収申請人の氏名、買収する宅地の用途、および買収申請を相当と認定した経過を明示すべきであるのにこれを欠くのは違法である。

(二)  住宅敷地は農地利用上の必要施設ではない。一筆の土地の一部が農作業用の空地あるいは農業用家畜小屋ないし納屋の敷地であるからといつて、右住宅敷地を含む一筆の土地全部を買収するのは違法である。

(三)  一筆の土地の一部は独立して所有権の客体となることができない。ところが別紙物件表一の(一)、二、三の各土地は一筆の土地の一部であるから、これを買収するのは無効である。

(四)  買収申請人は農業に精進する見込みのあるものではないから不適格者である。

(五)  本件土地は、解放農地の利用に必要な農業用の施設ではない。

(六)  本件土地は高安村(現八尾市)大字万願寺という戸数三百有余の部落の中心部に位置する。右部落は純農四割以下で、その余は非農家である。隣接する八尾市大字山本は大正の末頃から大軌電鉄(現在は近鉄)河内山本駅を中心に田園都市として発展し、買収当時には約千戸の住宅市街となつていた。万願寺部落も、他の周辺の諸部落とともに大阪東部の新興都市を形成する途上にあり、準市街地ともいうべき状況であつた。このような右土地の位置、環境からみて、これを買収するのは無効である。

(七)  対価の違法

買収の時期における本件土地の時価は、一坪三〇〇円を下らなかつたのに、本件買収の対価は別紙物件表対価欄記載のとおりに定められた。これは、自創法一五条三項に定める時価を参酌しなかつた違法のものである。

四、以上のとおりであるから、本件土地に関する政府の買収計画、公告、異議却下決定、裁決、承認、買収令書の発行交付はすべて無効である。

よつて申立どおりの判決を求める。

五、被告ら主張の二の事実は否認する。

第三、答弁

一、原告ら主張の一のとおりの経過により、本件土地につき買収処分がなされた事実は認める。

村農地委は、本件土地を自創法一五条一項二号の宅地であるとして、昭和二四年四月三〇日に同年七月二日を買収の時期とする第一二回買収計画を定め、同日その旨公告した。原告らが同年五月九日異議の申立てをしたので、同月二三日これを却下する決定をした。原告らはさらに同年六月九日訴願したが、府農地委は同月二八日右訴願を棄却する旨の裁決をした上、同年七月一日右買収計画を承認した。府知事は同年七月中に原告らに買収令書を交付した。

二、別紙物件表一の(一)、二、三の各土地については、各一筆の土地の一部について買収計画を定めたのであるが、買収計画書の表示において買収部分が特定されていなかつたので、村農地委の後身であり、被告委員会の前身である高安村農業委員会(以下村農業委という)は、昭和二七年二月一三日これを理由にその買収計画を取り消し、同日その公告をした。府知事は同月一三日以降に買収令書を取り消し、同月中に原告らにその旨通知した。

三、(一) 宅地買収にあつては、買収申請人が自創法一五条にもとづいて、所定の宅地の買収申請をなせばたり、その用途および買収申請を相当と認めた経過を買収計画書に明示する必要はない。

(二) 自創法一五条一項二号には明らかに宅地と言い、一号の農業用施設と区別している点からみて、住宅敷地が買収の対象から除外されていないことは明らかである。

(三) 一の(二)の土地は宮崎又次郎が、一の(三)の1の土地は垣内辰次郎が、同2の土地は江尻真三が、同3の土地は安井夘之松が、同4の土地は江尻トクがいずれもその買収申請をした。右各土地は同人らが原告久保田から賃借し、その地上に居宅、納屋牛小屋等を所有してきた宅地である。同人らは右家屋に居住して、別紙解放農地関係一覧表記載のとおり売渡しを受けた解放農地を以前から耕作し、これによつて生計を営んでいた。したがつて、右買収申請人らが右解放農地の農業経営上必要とする宅地であるから、村農地委がこれを自創法一五条一項二号により買収すべきものと認めたのは相当である。

(四) 本件土地のある万願寺部落は純農村部落である。農村部落であつても、集団生活をする以上、そこには商店等の農業以外の家屋や、学校、役場もある。しかしなお農業経営を主体とする農村であることにかわりはない。本件土地の存在する地域はまさにそれである。

(五) 買収対価に対する不服の救済方法は、自創法一四条の訴えによるべきである。

立証〈省略〉

理由

第一、本案前の判断

一、政府買収の取消しおよび無効確認を求める原告らの訴えについて

原告らが主張するような包括的な概念としての政府買収を一個の行政処分として出訴の対象とする必要も利益もないから、右訴えは不適法である。

二、買収計画の公告、その承認の無効確認を求める訴えについて

買収計画の公告は買収計画の表示行為にすぎず、その承認は行政庁相互間の内部的行為にすぎないから、いずれも訴訟の対象となる行政処分ではない。右訴えは不適法である。

三、被告国との間で買収計画の取消しを求める訴えについて

被告国は本件買収計画の処分庁ではないから、右訴えは被告を誤つた不適法な訴えである。

四、被告国との間で買収計画および異議却下決定の無効確認を求める訴えについて

処分庁の承継人である被告委員会のほかに、同時に処分の効果の帰属主体である国を被告とすることは手続の混乱をまねくばかりで、原告らとしても法律上なんら利益のないことであるから許されない。同時に双方を被告として訴えが提記されたときには、行政事件訴訟法附則六条により、行政事件訴訟特例法三条の趣旨とするところにかんがみ、被告国に対する訴えは不適法である。

五、被告委員会との間で、裁決および買収令書の発行(買収処分と解する)の無効確認を求める訴えについて

被告委員会は裁決および買収令書の発行(買収処分)の処分方ではないから、右訴えは被告を誤つた不適法なものである。

六、一の(1)、二、三の各土地につき被告委員会との間で買収計画の取消しならびに買収計画および異議却下決定の無効確認を被告国との間で裁決の無効確認を求める訴えについて

成立に争いのない乙二、一二、一三号証に弁論の全趣旨を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

一の(1)、二、三の各土地については被告ら主張のとおり、当初第一二回買収計画が樹立されたが、右買収計画書には、右土地がいずれも一筆の土地の一部であるのにかかわらず、買収の目的地として単に買収部分の面積を表示したのみで、それが一筆の土地のどの部分にあたるかを明らかにしていなかつた。右のとおり買収すべき土地の特定を欠く違法があつたので、村農業委はこれを理由に府知事の取消確認をえたうえ、昭和二七年二月一三日の会議で右買収計画を取り消す旨の議決をし、同日その旨の公告をした。右のとおり認められる。後記本案の判断において述べるとおり、右土地の買収処分はなお取り消されたものと認められないが、右買収処分自体が無効のものであるから、終局処分である買収処分を取り消すことなしに買収計画を取り消したことも違法ではなく、他に右取消処分に無効原因の存在することについての主張立証はない。したがつて、右各土地の買収計画は右取消処分によりすでにその効力を有しないものであることが明確にされており、その取消しあるいは無効確認を求める利益はない。また原処分である買収計画が取り消された以上、異議却下決定および裁決の無効確認を求める利益もない。原告らの右訴えはその利益がなく不適法である。

第二、本案の判断

一、村農地委が本件土地について原告ら主張のとおり買収計画を定め、異議、訴願の手続を経たうえ、買収計画が承認され、買収令書が発行交付されたことは当事者間に争いがない。

二、被告国との間で一の(一)、二、三の各土地につき買収令書の発行(買収処分)の無効確認を求める請求について

右各土地の買収計画が、昭和二七年二月一三日に取り消されたことは前記認定のとおりであるが、右買収処分が取り消された否かについては、なんら立証がないから、買収処分自体はなお取り消されることなく、存続しているものとするほかはない。しかしながら、右土地がいずれも一筆の土地の一部であり、その買収計画書において買収目的地の特定を欠いていたことは前認定のとおりであつて、この事実に前認定の村農業委が府知事の確認を得て右計画を取り消した事実を総合すると、右土地の買収令書においても、買収計画書の場合と同じように、買収すべき土地として単に買収部分の面積を表示したのみで、それが一筆の土地のどの部分であるかを特定するに足りる記載がなかつたものと推認される。すると右土地の本件買収処分には買収土地の特定を欠く違法があるものとするほかはなく、右の違法は重大かつ明白なものであるから、右買収処分はその余の点について判断するまでもなく、すでにこの点において無効のものである。それゆえ右各土地につき買収処分の無効確認を求める原告らの請求は理由がある。

三、被告委員会との間で一の(二)、(三)の土地につき、買収計画の取消しならびに買収計画の無効確認を求める請求について

(一)  原告の主張する本件手続上の違法事由の有無について判断する。

「原告主張二の(一)の点」市町村農地委員会の買収計画に関する議事録は、委員会が真実買収計画を定めたかどうかの判断をするについての一の証拠方法にすぎない((一)の(1)の点)。又買収計画書には自創法六条五項所定の事項を記載すれば足り、市町村農地委員会の特定具体的決議にもとづいた旨の記載とか、議決に、関与した委員の署名等は必要でない((一)の(2)の点)(昭和三五年六月一四日最高裁判所第三小法廷判決、民集一四巻八号一三四二頁参照)。

「同二の(二)の点」市町村農地委員会は自創法六条五項により、買収計画を定めたときは遅滞なくその旨を公告しなければならないのであつて、公告をするについての特別の決議は必要ではない((二)の(1)の点)(前記最高裁判所第三小法廷判決参照)。公告の体裁も委員会の公告であることが判れば足り、委員会名、会長名のいずれでしてもさしつかえない((二)の(2)の点)。又買収計画の内容は買収計画書を縦覧すれば被買収者には明らかとなるから、公告には買収計画を定めた旨を表示すれば足りる((二)の(3)の点)(昭和二六年八月一日最高裁判所大法廷判決、民集五巻九号四八九頁参照)。原告の各主張は失当である。

(二)  次に実体上の違法に関する原告の主張について判断する。

「原告主張の三の(一)の点」買収計画書に、買収申請者の氏名、買収する宅地の用途、および買収申請を相当と認定した経過を記載することは法の要求するところではない。

「同(二)の点」前記乙二号証に口頭弁論の全趣旨を総合すると、村農地委は、本件土地について一五条一項二号の規定にもとづく買収計画を定めたことが認められる。ところで同号によると、宅地を買収できることは明らかであるから原告の主張は理由がない。

「同(四)ないし(六)の点」

(イ) 一の(二)の土地について

証人宮崎政子の証言に口頭弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

一の(二)の土地は、本件買収当時には亡宮崎又次郎が原告久保田から建物所有の目的で資料は一反につき年米二石の割合と定めて賃借し、その地上に居宅と、納屋兼牛小屋、物入れを所有してきた。買収以前においては、亡又次郎は後日売渡しを受けた被告主張の一反八畝一歩のほか、小作地六反を耕作していた。しかし本件買収当時に耕作していたのは右一反八畝一歩のみで、同人は右土地を耕作するかたわら、農閑期には毎日馬力追いをし、農繁期には他の農家に雇われて収入をえていた。娘の政子(当時三〇才前後)もブラシ場に工員として勤めていた。同居の家族は又次郎とその妻および右政子の三人で、又次郎と政子の右のような諸収入によりその生計を維持していた。

以上の事実が認められ、他に右認定をくつかがえすに足る証拠はない。

ところで、昭和二四年法律二一五号による自創法の一部改正前においては、同法一五条一項の附帯買収の「相当性」に関する主張立証の責任は行政庁側にあるものと解せられていた。そして右改正により追加せられた同条二項は、同条一項において買収の要件とされている附帯買収の相当性を備えない場合を例示したものにすぎなく、右改正前においても同条二項各号に該当する事情のある場合には、同条一項にいわゆる買収の相当性がないものとされていた(最高、昭和二八年一二月一八日判決、民集七巻一四五六頁参照)。改正後の同条二項は、その形式が除外規定のようになつているが、主張立証責任の転換をはかるために設けられたものと解すべき実質的理由はない。改正後の一五条一項においても買収の相当性が附帯買収の積極的な要件として残されていて、これについて行政庁側が主張立証責任を負う関係上、同条二項各号の事情が存在しないことについても行政庁側は、主張立証責任を負うものと解すべきである。

本件においては、前記認定の事実によると、亡又次郎の農業収入は、わずかに田一反八畝一歩の耕作によつてえられるものにすぎず、三人の家族の生計が主として農業経営による収入により維持せられていたものと認めるには未だ十分でなく、他にその主たる所得が、農業以外の職業から得られていたものでないことを認めうる証拠はない。したがつて、同人の申請を相当と認めて右土地を附帯買収することとしたのは違法である。右土地の本件買収計画は、その余の点について判断するまでもなく、すでにこの点において取消しを免れない。しかし、この点のかしは明白なものとはいい難いから、その違法は単に買収計画の取消原因となるに止まり、これがために右買収計画が無効となるものではない。

(ロ) 一の(三)の1の土地について

証人垣内松次郎の証言に口頭弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

右土地は垣内松次郎の先代辰次郎が、原告久保田から賃料を年米五斗五升と定め、建物所有の目的で賃借し、その地上に居宅(二棟)と離れ家納屋兼牛小屋を所有してきた。松次郎は右居宅を住居として使用し、本件買収当時既に売渡しを受けていた被告主張の四反五畝一二歩を含めて約一町の農地を同居の父辰次郎、母、妻とともに耕作し、農機具を右納屋に納め、牛小屋で農耕用の牛を飼育するほか、空地をモミ干し場として使用する等、同1の土地を右農業経営のために利用してきた。右土地は売渡農地のみの農業経営のためにも必要不可欠のものである。

以上の事実が認められる。

同2の土地について

証人江尻タミノの証言に口頭弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

右土地は江尻タミノの亡夫真三の先代丑造が原告久保田から賃料を反当り年米二石と定め、建物所有の目的で賃借し、その地上に居宅と納屋兼牛小屋を所有してきた。本件買収計画当時には、相続により丑造の地位を承継していた真三が、売渡しを受けた被告主張の六反七畝二一歩を含め約七反の農地を妻タミノと共に耕作し、前記認定の同1の土地と同様の方法で同2の土地を利用してきた。

以上の事実が認められる。

同3の土地について

証人安井夘之松の証言に口頭弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

右土地は安井夘之松の先代が原告久保田から建物所有の目的で賃借し、本件買収当時には、原告と右夘之松の間に、賃貸借関係が承継されて、資料三〇〇坪当り年米二石の割合で夘之松が原告方に持参して支払つていた。夘之松はその地上に居宅、物入れ、納屋兼牛小屋を所有し、売渡しを受けた被告主張の八反七畝一一歩を含めて約一町の農地を妻と二人で耕作し、前記認定の同1の土地と同様の方法で同3の土地を利用してきた。

以上の事実が認められる。

同4の土地について

証人江尻ヤスヱの証言、および口頭弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

右土地は、江尻ヤスヱの母トクが原告久保田から建物所有の目的で賃借し、その地上に、居宅と納屋兼牛小屋を所有してきた。ヤスヱは山畑製毛所に女工員として勤めていたが、主たる収入はトクが売渡しを受けた被告主張の農地合計二反二四歩をヤスヱとともに耕作することによつて得ていた。その土地の利用状況は前記認定の同1の土地と同様であつた。

以上の事実が認められる。

(ハ) 証人安井夘之松、江尻ヤスヱ、江尻タミノの証言によると、一の(二)(三)の土地の存する万願寺部落は周囲を農地でかこまれ、古くから農家を中心として成り立つていた部落で、本件買収計画当時にも大部分が農家であつて、右土地の近くには商店もなかつたことが認められる。

(ニ) 以上のとおり一の(三)の土地は、いずれも農業所得を主たる収入としている買収申請人らが原告久保田から賃借し(たゞし同1の土地は買収申請人の同居の父が賃借)、解放農地の経営のために必要としていた宅地であり、その位置、環境および構造等からみても買収を不相当とすべき点はなかつたから、右土地を自創法一五条一項二号により買収すべきこととしたのは適法である。また、一の(二)の土地を買収したのにも、無効原因となるかしはない。

「同(七)の点」附帯買収の対価の額については、別に自創法一五条三項により準用される同法一四条の訴えが認められている趣旨からみて、対価の額に違法の点があつても、買収計画の効力には影響を及ぼさないと解せられる。

(三)  以上のとおりであるから、被告委員会との間で一の(二)の土地の本件買収計画の取消しを求める原告久保田の請求は理由があるが、その無効確認ならびに同(三)の土地の本件買収計画の取消しおよび無効確認を求める同原告の請求は理由がない。

四、被告委員会との間で一の(二)(三)の土地につき異議却下決定の無効確認を求める請求について

成立に争いのない乙四、六号証、その方式および趣旨により真正に成立したものと推定せられる同五号証によれば、村農地委は昭和二四年五月二三日の会議において、原告久保田の異議申立について審議したうえ却下の決定をし、それを会長名の却下決定書に表示したことが認められ、右決定書が同原告に送達されたことは当事者間に争いがない。そして前示のとおり本件買収計画に無効原因はない。

「原告主張二の(三)の点」村農地委が原告の異議について審議したうえ却下の決定をしたことは右に認定したとおりであり、議事録は一の証拠方法に過ぎない((三)の(1)の点)。却下の決定書の作成名義については、特に法令の定めはなく、市町村農地委員会の代表者としての会長名でこれを作成しても違法ではないと解する((三)の(2)の点)。原告の主張は失当である。

以上のとおり、右土地の異議却下決定に原告久保田が主張するような手続上、実体上の無効原因となるかしは存在しないから、被告委員会に対してその無効確認を求める同原告の請求は理由がない。

五、被告国との間で、一の(二)(三)の土地につき裁決および買収令書の発行(買収処分)の無効確認を求める請求について

一の(二)(三)の土地の本件買収計画に無効原因となる実体上のかしのないことはさきに述べたとおりであるから、その裁決および買収処分にも無効原因となる実体上のかしはない。

そこで、原告の主張する手続上のかしについて判断する。

(一)  買収計画、公告、異議却下決定に無効原因となる手続上のかしの存在しないことは、さきに判断したとおりである。

(二)  裁決

成立に争いのない乙七号証によれば、府農地委は昭和二四年六月二八日の会議において、原告久保田の訴願に対して審議のうえ、訴願棄却の決議をしたこと、並びに裁決主文と理由を記載した裁決書が作成されたことが認められ、右裁決書が同原告に交付されたことは当事者間に争いがないから、本件訴願に対する裁決は適式になされたというべきである。そして本件買収計画に無効原因のないことは前示のとおりであるから、訴願を棄却したことにも無効原因はない。

「原告主張二の(四)の点」府農地委において訴願に対する審議をした形跡があり、そのうえで裁決書が作成されていれば、裁決書に「裁決の理由」として挙げられている事項についても審議がなされているとの事実上の推定が許されると考える。議事録には裁決書の結論(主文)のみ記載され、その理由の記載はないとしても、議事録の記載としては決して異常のことではなく、この一事によつて裁決の理由についての審議がなかつたとはいえない((四)の(1)の点)。裁決が要式行為であるとしても訴願法一四条により要求されるのは裁決に理由を付すことだけであり、作成名義についての特別の定はない。したがつて異議却下決定について述べたと同様、委員会の代表者である会長名をもつて裁決書を作成しても違法でない。又裁決書を会長が作成するのはその議決のあつた会議の議長として作成するのではないから、会議に欠席して議決に関与しなかつた場合でも、その時の議長なり立会の書記なりの報告にもとづいてこれを作成することはでき、したがつて会議に欠席した会長が裁決書を作成したとの一事をもつて、それが委員会の裁決を表明する文書ではないとはいえない((四)の(2)、(3)の点)原告の主張は理由がない。

(三)  承認

「原告主張三の(五)の点」村農地委の定めた農地買収計画に対し府農地委の行う承認は、農地買収手続の過程において、買収計画にもとづいて府知事が行う買収処分に先行すべき行為であつて、右の承認により村農地委がなすべきことは何もない。ただ買収計画を定める村農地委と、その承認を行う府農地委と、買収処分を行う知事とは、それぞれ別な行政庁であり、買収手続が買収計画、承認、買収処分と進展するためには、右の三つの行政庁の間でその間の連絡が事実上必要であるが、それは行政庁が適宜に処理すべき相互の連絡の問題であつて、適当に連絡さえ行われればよいわけである。

自創法八条により、承認は村農地委からの連絡によつて行われることになるが、村農地委は承認の対象たるべき買収計画が府農地委にわかるようにしてその承認を促せばよいわけで、その連絡は前にのべたとおり行政庁の間の連絡の問題にすぎない。その連絡方法についても、法令に別段の定めはないので、自由に適当な方法によつてよいし、またこれについて村農地委の議決も必要ではない。

府農地委が買収計画について承認の議決をした場合、承認書というような、書類を作成することは特に要求されていない。

農地買収計画についての承認は、農地買収手続の順序からいつて、買収処分を行う府知事を権限づける行為であり、村農地委について別に効力を生ずるというものではないので、村農地委に対する意思表示というような性質の行為ではない。行政庁間の整理連絡のために、村農地委に対し承認の議決のあつたことが通知されるであろうが、その通知は意思表示における表示行為のように、承認の効力に関係のある行為ではない。府知事は農地買収計画について、府農地委で承認の議決があつて、これを知つたならば、その買収計画にもとづいて直ちに買収処分を行うことができる。場合によつては、承認の議決が村農地委に通知される前であつても、買収処分を行うことができれば、これを行つても少しも違法ではない。

成立に争いのない乙一〇号証によれば、承認は昭和二四年七月一日の府農地委の決議にもとづき同日付の委員会長名の書面をもつてなされたことがそれぞれ認められる。自創法八条の「裁決のあつたときは………承認を受けなければならない」との規定の「裁決のあつたとき」とは、内部的意思決定としての裁決の議決をしたときと解するを相当とし、裁決書が訴願人に送達されたときと解する必要はない。本件承認が裁決の議決後になされたものであることは右に認定したところと対比すれば明らかである。また承認の議決が行われている以上、承認を受けることにつき、村農地委と府農地委の間になんらかの連絡があつたものと推測すべきである。

原告が承認の違法原因として主張するところがすべて理由のないことは以上にのべたところで明らかであり、右買収計画の承認は手続上適法に行われたものといわなければならない。

(四)  買収令書

「同二の(六)の点」原告の右主張は事実にもとづいて具体的になされず、また、買収期日前に交付されたからといつて、買収令書の交付が無効であるとは解されないから、原告の右主張は採用できない。

以上のとおり一の(二)、(三)の土地の裁決および買収処分には、その手続上においても実体上においても無効原因となるかしはないから、その無効確認を求める原告久保田の請求は理由がない。

第三、結論

そこで、本訴のうち不適法な部分はこれを却下し、その余の部分のうち一の(一)と二、三の土地につき被告国との間で買収処分の無効確認を求める原告らの請求および一の(二)の土地につき被告委員会との間で買収計画の取消しを求める原告久保田の請求はこれを正当として認容し、その余の同原告の請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴九二条、九三条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 平田浩 白井皓喜)

(別紙省略)

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